金融・融資 企業価値担保権
公開日:2026/08/07 更新日:2026/08/07

企業価値担保権とは?2026年5月施行の新制度を従来の不動産担保と比較しながら徹底解説

企業価値担保権の対象、信託スキーム、経営者保証の制限、担保実行の流れを整理し、従来の不動産担保・ABLとの違いや、金融機関と事業者に生じる実務上の影響を解説します。

企業価値担保権と不動産担保を比較し、事業全体の担保化を解説するイメージ
企業価値担保権は、個別資産ではなく、のれんや知的財産を含む事業全体を一括して担保にする制度です

結論: 企業価値担保権は、2026年5月25日に施行された事業性融資推進法(令和6年法律第52号)により創設された新しい担保制度です。

不動産や動産といった個別資産ではなく、 のれんや知的財産を含む事業全体 を一括で担保にできる点が最大の特徴です。設定時は経営者保証の利用が原則制限され、実行時は事業譲渡による換価が原則となります。

金融機関には「貸して終わり」ではなく伴走型の支援が求められ、従来の不動産担保融資とは審査の考え方が根本から異なります。

この記事でわかること

  • 企業価値担保権の制度概要と創設された背景
  • 事業全体を担保にする仕組みと信託スキーム
  • 不動産担保・ABLとの違い
  • 経営者保証の制限と担保権実行の流れ
  • 金融機関・事業者に生じる実務上の影響
  • 企業価値担保権と不動産担保を併用する際の考え方

この記事の読み方

知りたいこと 読むべき箇所
制度の施行日・目的を確認したい 第1章「制度の基本情報」
担保の対象と設定方法を知りたい 第3章「企業価値担保権の仕組み」
不動産担保との違いを比較したい 第4章「従来の担保制度との比較」
担保実行時の流れを知りたい 第6章「担保権実行の流れ」
金融機関の実務への影響を知りたい 第7章「金融機関にとっての実務的な影響」

制度の基本情報

項目 内容
法律名 事業性融資の推進等に関する法律(事業性融資推進法)
法令番号 令和6年法律第52号
公布日 2024年6月14日
施行日 2026年5月25日
同日施行 事業性融資推進法施行令、同ガイドライン
所管 金融庁
目的 不動産担保・経営者保証に過度に依存しない、事業の実態や将来性に着目した融資の推進

※ 事業性融資の推進等に関する法律(令和6年法律第52号)。金融庁「企業価値担保権(旧:事業成長担保権)について」参照。

なぜこの制度が作られたのか

日本の融資慣行は長年、 不動産担保と経営者保証 の2本柱に依存してきました。この構造には以下の問題があります。

  • 不動産を持たないスタートアップや無形資産中心の企業は、事業の将来性があっても融資を受けにくい
  • 経営者保証があることで、経営者が事業承継や思い切った事業展開を躊躇する
  • 金融機関が担保価値に依存し、事業の中身を見る融資判断が育ちにくい

企業価値担保権は、 担保の対象を「不動産」から「事業そのもの」に広げる ことで、この構造的な課題を解消しようとする制度です。

企業価値担保権の仕組み

担保の対象

企業価値担保権が担保とするのは、個別の資産ではなく 事業全体 です。

具体的には、不動産・動産・債権・知的財産・契約上の地位・のれん・ブランド・顧客基盤・技術ノウハウなど、事業に係る有形・無形の財産が 包括的に 担保の対象となります。将来キャッシュフローを含む事業の継続価値(ゴーイング・コンサーン・バリュー)が反映される点が、従来の個別資産担保との根本的な違いです。

当事者の構造(信託スキーム)

企業価値担保権は信託を用いて設定されます。

役割 当事者 法的位置づけ
委託者(設定者) 融資を受ける事業会社 債務者
受託者(担保権者) 企業価値担保権信託会社 内閣総理大臣の免許が必要(法33条)
受益者 融資を行う金融機関等 特定被担保債権者

信託を用いる理由は、担保権者に業規制を及ぼすことで 債務者の事業への不当な支配を防止 し、制度の適正な運用を担保するためです。

なお、銀行等は所定の届出を行うことで、自ら貸付を行って受益者となると同時に、受託者(セキュリティ・エージェント)を兼任することも可能です(法33条2項)。

※ 法8条(企業価値担保権信託契約)、法33条(企業価値担保権信託会社の免許)。金融庁「企業価値担保権信託契約等の書式例に関する勉強会 議事概要及び書式例」(2026年3月11日公表)も参照。

対象事業者の範囲

企業価値担保権を設定できるのは 会社法上の会社 に限られます。

設定できる 設定できない
株式会社 個人事業主
合同会社 一般社団法人・一般財団法人
合名会社 医療法人
合資会社 NPO法人

対抗要件

企業価値担保権の対抗要件は、 商業登記簿への登記 です(法20条)。不動産登記簿ではなく、法人の登記簿に記録される点が従来の不動産担保と異なります。

※ 法20条(企業価値担保権の対抗要件)。

企業価値担保権の信託スキームと商業登記による対抗要件を示すイメージ
事業会社、企業価値担保権信託会社、金融機関等の三者構造で設定され、商業登記により対抗要件を備えます

従来の担保制度との比較

項目 抵当権(不動産担保) ABL(動産・債権担保) 企業価値担保権
担保の対象 特定の不動産 特定の動産・債権 事業全体 (有形・無形資産を包括)
のれん・知的財産 対象外 原則対象外 対象
担保権者 金融機関(自ら設定) 金融機関(自ら設定) 企業価値担保権信託会社(免許制)
対抗要件 不動産登記 動産譲渡登記・債権譲渡登記 商業登記
経営者保証 制限なし 制限なし 原則制限 (法12条)
実行方法 個別資産の競売 個別資産の処分 事業譲渡が原則
評価の軸 不動産の時価・路線価 動産・債権の時価 将来キャッシュフローを含む事業価値
金融機関に求められる能力 担保評価(積算法等) 動産の管理・評価 事業性評価・伴走支援

経営者保証の制限

企業価値担保権が設定されている場合、被担保債権に係る経営者保証の履行請求は 原則として禁止 されます(法12条1項)。

ただし、以下の場合は例外として保証の履行請求が認められます。

  • 債務者に 粉飾決算 があった場合
  • 経営者が 自己の利益を図る目的 で法人の財産を減少させた場合

この仕組みにより、経営者保証に依存しない融資慣行への転換が促されます。経営者にとっては、個人資産のリスクが軽減されることで、 事業承継や新規事業への挑戦がしやすくなる というメリットがあります。

※ 法12条(保証の制限)。BUSINESS LAWYERS「令和8年5月施行!事業性融資推進法『企業価値担保権』を解説」参照。

担保権実行の流れ

企業価値担保権の実行は、個別資産の競売ではなく、 事業を一体として換価する プロセスです。

ステップ 内容
① 実行手続開始の申立て 債務不履行があった場合、受託者(信託会社)が全被担保債権者の指図を受け、裁判所に申立て(法83条、61条)
② 管財人の選任 裁判所が管財人を選任。管財人は債務者の事業の経営と担保目的財産の管理・処分を行う(法88条)
③ 事業継続と優先弁済 管財人が事業を継続しながら、 商取引債権・労働債権等を優先的に弁済 (法93条2項、129条)。事業の継続価値を毀損しないための措置
④ 事業譲渡 裁判所の許可の下、事業譲渡により換価。譲受人は事業を一体として承継(法56条)
⑤ 配当 事業譲渡の対価から、被担保債権者(金融機関等)へ配当。一般債権者等のために対価の一部を確保する仕組みもあり

労働者・取引先の保護

担保実行時に事業が解体されると、従業員の雇用や取引先への支払いが途絶えるリスクがあります。企業価値担保権の実行手続では、 商取引債権・労働債権等が被担保債権に優先して弁済される 仕組みが設けられています(法93条2項、129条)。

事業譲渡の際にも、労働契約承継法の趣旨を踏まえた運用が求められます。

※ 長島・大野・常松法律事務所「企業価値担保権制度の概要」、法律事務所ZeLo「企業価値担保権の実務への影響」参照。

企業価値担保権の実行開始から管財人選任、事業継続、事業譲渡、配当までの流れ
担保実行時は事業を直ちに解体せず、管財人の下で事業継続と事業譲渡による換価を目指します

金融機関にとっての実務的な影響

審査体制の変革

企業価値担保権を活用するには、従来の不動産担保評価(積算法・路線価ベース)とは異なる 事業性評価のノウハウ が求められます。

  • 事業計画の合理性評価
  • 将来キャッシュフローの実現可能性の検証
  • KPIの設定とモニタリング
  • 業種ごとの事業特性の理解(SaaS企業のMRR、製造業のEBITDAなど)

金融庁の2025事務年度金融行政方針でも、企業価値担保権の活用に向けた金融機関の態勢整備が言及されています。

伴走支援の責務

企業価値担保権を設定した金融機関には、事業継続をモニタリングし、必要に応じて 経営改善を支援する責務 が伴います。「貸して終わり」ではなく、KPIの達成状況や財務状況を継続的にフォローする体制が必要です。

不動産担保との併用

当面は、企業価値担保権と従来の不動産担保が 併用される ケースが多くなると見られます。特に、不動産を保有する事業者に対しては、不動産担保で安定的な回収を確保しつつ、事業の成長部分を企業価値担保権でカバーする、といったハイブリッド型の設計が想定されます。

この場合、不動産担保の評価実務(登記情報の確認、担保余力の算出、LTV管理)は引き続き必要です。不動産側の担保評価を効率化する仕組みを整えたうえで、事業性評価に人的リソースを振り向けるのが現実的な進め方でしょう。

事業者側のメリットと留意点

メリット

  • 不動産を持たない企業でも融資が受けやすくなる: 無形資産中心のスタートアップ、IT企業、サービス業などにとって大きなメリット
  • 経営者保証が原則不要: 個人資産のリスクが軽減され、事業承継や新規投資の意思決定がしやすくなる
  • 事業の将来性が評価される: 過去の財務実績だけでなく、事業計画や成長戦略が融資判断の材料になる

留意点

  • 経営情報の継続的な開示が求められる: 金融機関によるモニタリングに対応するためのガバナンス体制の整備が必要
  • コベナンツ(財務制限条項)への対応: 企業価値担保権信託契約にKPIや財務条件が設定されるケースが想定される
  • 事業全体が担保であることの重い意味: 担保実行時には事業譲渡が行われるため、経営権を失う可能性がある

支援機関の整備

制度の活用を支援する機関も新設されています。

機関 役割
認定事業性融資推進支援機関 中小企業・金融機関を直接支援。経営資源・財務内容の分析、事業計画策定の助言、定期的なフォローを実施
事業性融資推進本部 制度全体の推進・調整を担う

※ 法に基づき創設。金融庁Webサイト「企業価値担保権について」参照。

不動産担保の実務は引き続き重要

企業価値担保権は不動産担保に「取って代わる」制度ではなく、 選択肢を増やす 制度です。不動産を保有する事業者への融資では、従来通り不動産担保の評価が必要であり、登記情報の確認・担保余力の算出・LTVのモニタリングといった実務は変わりません。

不動産チェッカー では、地図上から用途地域・登記情報・融資情報・面積をまとめて確認でき、不動産担保の一次スクリーニングや既存担保物件のモニタリングに活用できます。

複数物件の登記簿PDFをまとめて比較・整理したい場合は、 無料PDF変換サービス (1回100件まで)や謄本取得スポットもご利用いただけます。

企業価値担保権の活用が広がるなかでも、不動産担保の実務精度を維持・向上させることが、金融機関の競争力につながります。

企業価値担保権と不動産担保を併用し、登記情報、担保余力、LTVを管理するイメージ
事業性評価へ注力するためにも、不動産担保側の登記確認・担保余力・LTV管理を効率化することが重要です

よくある質問

Q. 企業価値担保権とは何ですか?

事業全体(有形・無形資産を含む)を一括で担保にできる新しい担保制度です。2026年5月25日に施行された事業性融資推進法(令和6年法律第52号)により創設されました。

Q. 個人事業主でも利用できますか?

利用できません。設定できるのは会社法上の会社(株式会社・合同会社・合名会社・合資会社)に限られます。

Q. 経営者保証はどうなりますか?

企業価値担保権が設定されている場合、経営者保証の履行請求は原則として禁止されます(法12条)。ただし、粉飾決算や経営者の私的流用があった場合は例外です。

Q. 不動産担保と併用できますか?

できます。当面は不動産担保との併用が多くなると見込まれています。不動産を保有する事業者に対しては、不動産担保と企業価値担保権を組み合わせた設計も想定されます。

Q. 担保が実行されるとどうなりますか?

裁判所が管財人を選任し、管財人が事業を継続しながら事業譲渡により換価します。商取引債権・労働債権等は被担保債権に優先して弁済される仕組みが設けられています。

Q. 対抗要件は何ですか?

商業登記簿への登記です(法20条)。不動産登記ではなく、法人の登記簿に記録されます。

Q. 従来の不動産担保融資はなくなりますか?

なくなりません。企業価値担保権は不動産担保に「取って代わる」制度ではなく、選択肢を増やすものです。不動産を保有する事業者への融資では、引き続き不動産担保の評価が必要です。

まとめ

企業価値担保権は、事業全体を一括で担保化できる新しい制度です。不動産担保・経営者保証に依存しない融資慣行への転換を促す狙いがあり、スタートアップや無形資産中心の企業にとっては資金調達の選択肢が広がります。

金融機関にとっては、従来の担保評価とは異なる 事業性評価・伴走支援の体制整備 が求められます。一方で、不動産を保有する事業者への融資では不動産担保の実務が引き続き重要であり、両制度を組み合わせた運用が現実的です。

制度はまだ施行直後であり、実務上の運用が固まるにはしばらく時間がかかります。金融庁のガイドラインや書式例の動向を注視しつつ、自行の審査体制と合わせて準備を進めることが重要です。

本記事で参照した法令・資料

  • 事業性融資の推進等に関する法律(令和6年法律第52号)——法8条(信託契約)、法12条(保証の制限)、法20条(対抗要件)、法33条(信託会社の免許)、法56条(事業譲渡)、法61条・83条(実行手続開始の申立て)、法88条(管財人の選任)、法93条(弁済の禁止と優先弁済)、法129条(共益債権の弁済)
  • 事業性融資の推進等に関する法律施行令(2026年5月25日施行)
  • 金融庁「企業価値担保権(旧:事業成長担保権)について」
  • 金融庁「企業価値担保権信託契約等の書式例に関する勉強会 議事概要及び書式例」(2026年3月11日公表)
  • 金融庁「2025事務年度金融行政方針」(2025年8月29日公表)
  • BUSINESS LAWYERS「令和8年5月施行!事業性融資推進法『企業価値担保権』を解説」
  • 法律事務所ZeLo「企業価値担保権の実務への影響」
  • 長島・大野・常松法律事務所「企業価値担保権制度の概要」

ご注意ください

本記事は2026年7月時点の公表情報にもとづく一般的な情報提供を目的としています。企業価値担保権の利用や事業性融資に関する具体的な判断については、金融機関・弁護士・公認会計士などの専門家へご確認ください。

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